大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和54年(行ウ)29号 判決

原告 飯島勲

被告 建設大臣

主文

一  本件訴をいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告が昭和五三年一二月二二日、建設省告示第一九三八号によりなした別紙第一目録記載の事業認定(以下「本件事業認定」という。)は、別紙第二目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)については無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一  本案前の答弁

主文一、二項と同旨

二  本案に対する答弁

1 原告の請求をすべて棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  原告は、愛知県安城市藤井町南山六三番地において、精神科病院である矢作川病院を開設し、同病院の理事長の職にあり、かつ本件各土地を含む同病院の敷地の所有者である。

二  中部電力株式会社(以下「中電」という。)は、特別高圧送電線南安城連絡線新設工事(第二期工事)を計画(以下「本件事業計画」という。)し、昭和五三年一月、土地収用法(以下「法」という。)一六条に基づき、被告に対し、本件各土地を含む別紙第一目録記載の各起業地につき事業認定の申請をした。

被告は、右申請に対し、同年一二月二二日、建設省告示第一九三八号により申請どおり本件事業認定をした。

三  しかしながら、本件事業認定には次のとおり瑕疵があり、右瑕疵は明白かつ重大な瑕疵に当るから本件事業認定は無効である。

1 本件事業認定は、法二〇条三項所定の「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」なる要件を充足していない。

(一) 本件事業計画の送電線ルート(以下「本ルート」という。)は、医療事業地である矢作川病院敷地の上空を通過するものであつて、そもそも不適切なものであるが、右矢作川病院が精神科病院であることに思を至せば不適切きわまりないことが明らかである。

すなわち、精神障害者は人一倍ストレスに弱く一般生活環境に適応できない者である。したがつて、正常者にとつてすら不安、不快の重圧感を避けることのできない高圧送電線下に置かれた場合に受ける精神障害者の心理的影響は正常な範囲を越え、閉塞反応として時には妄想にまで発展し、また時には高圧送電線を架空する鉄塔が自殺への誘惑要因にもなる。してみると、本ルートは既設の精神科病院の良好な環境を著しく破壊するものであり、不適切きわまりないものである。

(二) 建設省河川局においては矢作川病院の敷地に隣接する矢作川の拡幅工事計画を有しているところ、本ルートは右拡幅計画地内を通過するものであるから、右計画が実施されれば本ルートによつて築造される鉄塔は河川の中に埋没してしまう。

してみると、本件事業認定は無定見なものである。

(三) 本ルートはコの字型に非常に迂廻したルートとなつているが、このことは人的にも物的にも到底合理的なものではない。

(四) 本件事業計画は愛知県西尾市、安城市および岡崎市南西部の電力需要の増加に対処するため、その供給能力の増強を図ることが目的であるところ、その対策方法としては、中電が検討したものに限つても本ルートよりはるかに合理的なルート、すなわち「明治用水ルート」もしくは「鹿乗川ルート」が存在している。

まず、明治用水ルートであるが、これは中電自身第一に選定し推進してきたところ、安城市当局から豊田安城自転車道路の建設計画と抵触するからといわれて断念したルートであるが、右計画との関係でいかなる障害が生ずるのか不明であり、さらに双方で検討し、右コースを復活させることも十分可能である。

次に鹿乗川ルートであるが、これは南安城連絡線第一五鉄塔から南下して鹿乗川へ至り、鹿乗川の北岸沿いに東進しやがて北進するルートである。そこでこの鹿乗川ルートと本ルートを比較すると、鹿乗川ルートの方が、〈イ〉まずその距離が短いこと、〈ロ〉市街地区域を避けるとともに集落への接近を極力避けていること、〈ハ〉農業地域内については将来農業経営に支障を与えないよう鉄塔の位置を極力河川沿いに求めていること等において格段に優れたルートである。

しかも前記のとおり本ルートは建設省が策定した河川改修計画の対象地域を通つており、将来鉄塔を移転せざるをえない状況下にある。

したがつて、以上のとおり、中電が検討したルートに限つても、本ルート以外に適切な代替ルートが存在していることが明らかであり、また中電が検討しなかつたルートにまで選択の幅を広げるならば、さらにいくつかのより適切な代替ルートを選定することも可能である。

してみると、本ルートは法二〇条所定の土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものとは到底いえないこと明白である。

(五) 被告は、本件事業認定の判断に資するため、送電線の精神障害者に及ぼす影響について計画局長名で日本精神病院協会会長宛に照会を行い、右協会から「高圧送電線は入院中の患者にとつていかに不安を与え病状を悪化させるか測りしれないものがある。」との回答をえたにもかかわらず、これを無視し、本件各土地上を通る本件事業認定をした。

してみると、このことからも本ルートの選定が合理的なものでなく、法二〇条三号所定の「土地の適正且つ合理的利用に寄与」するものでないことが明らかである。

2 中電の事業認定申請書には、故意に中電の不利になる重大な事実を隠蔽してある。

(一) まず、中電は、事業認定申請書の三四頁「六 起業地を当該事業に用いる事が相当であり、又は適正、且つ合理的利用に寄与する事になる理由」中において、中電は、明治用水ルートと本ルートを比較検討した結果、本ルートを選定したと述べているが、これは明らかに虚偽である。

すなわち、本ルートは、最初計画対象とされていなかつた。

中電は、最初、明治用水ルートを推進しており、明治用水土地改良組合の同意もえ、一六カ所のボーリングもすませたが、安城市に自転車道路の計画があつたため拒否され、鹿乗川ルートに変更したのである。

そして、右鹿乗川ルートも、三ツ川町地内が送電線により町が二分され、テレビゴーストが生ずる虞れがあるという三ツ川町役員の意見で変更され、本ルート採用となつたものである。

したがつて、右経緯に照らすと、中電の前記記載が虚偽であることは明らかである。

(二) 次に中電は、事業認定申請書三五頁において、「堀内公園予定地(都市計画施設)付近で、比較的密集した地域を通過する事となるが、当該地区は既に南北の隣接区域が市街化区域(第二種住居専用地域、住居地域)に指定されている事から、今後、急速な発展が予想される」と記述して、明治用水ルートが適切でない理由の一つにしているが、その辺りと矢作川沿いから木戸町で北折、鹿乗川に達する区間を比べてみると、矢作川沿いの方がより被害が多いことが明らかであるから、右理由は虚偽である。

(三) さらに中電は、事業認定申請書三七頁において、「具体的な選定理由」の第一に「ア市街化区域を避けると共に、集落への接近を極力避ける」と述べているが、矢作川沿いから木戸町で北折し鹿乗川に達する間には、病院(一一二床、職員四七名)、民家一六軒、神社一社、工場(従業員五三名)、史蹟二あり、民家にすれば、六〇ないし七〇軒の集落と同じなのであるから、右記載は虚偽である。

3 中電は、本件事業認定申請の前提として、これに先立ち、昭和五二年九月二六日、工事計画届書を通産省名古屋通産局に提出しているが、右届出には重大かつ明白な違法があり、これを受理した通産省の処分も無効であり、ひいては本件事業認定も無効というべきである。すなわち

(一) 中電は、昭和五二年九月二六日、通産省に対し、七万七〇〇〇ボルトの届出をしていながら、一五万四〇〇〇ボルト特別高圧送電線路を建設しており、これは、明らかに重大な違反である。

(二) この送電線は、昭和五四年夏期には一五万四〇〇〇ボルトに昇圧する予定であつたから、短期間内に一五万四〇〇〇ボルトに昇圧するものは、最初から一五万四〇〇〇ボルトの認可申請にしなければならないのに、中電が七万七〇〇〇ボルトの届出にして、一五万四〇〇〇ボルトの認可申請をしなかつたのは明らかに、重大な違反である。

(三) 通産省が、右の事実を知りながら七万七〇〇〇ボルト届出を受理し、許可したのも、明らかに重大な違反である。

(四) 中電は、一五万四〇〇〇ボルト特別高圧送電線の認可申請をすれば、認可基準が厳しくなるうえ、病院や土地改良組合の反対にあい、認可が下りないことを慮つて、七万七〇〇〇ボルトの届出で許可をとり、原告に対し、通産省の許可も下りたのだからといつて承諾させようとしたり、また鉄塔の建設を促進させ、既成事実をもつて心理的に圧迫し、もつて承諾させようとした。また仮に一五万四〇〇〇ボルトで最初から許可をえなかつた理由が右のとおりでないとしても、認可の下りない路線は無に等しく、したがつて、本件事業認定は無効である。

四  よつて、請求の趣旨記載のとおり、被告に対し、本件事業認定の無効確認を求める。

(被告の本案前の申立の理由)

一  原告は、本訴において本件事業認定の無効確認を求めているが、行訴法三六条は、行政処分の無効確認訴訟について、(1)当該処分に続く処分により損害を受けるおそれ、その他当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有すること(以下「積極的要件」という。)および(2)当該処分の存否またはその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができないこと(以下「消極的要件」という。)の二要件を具備する場合に限つてその適法性を認めていると解されるところ、本件訴は、いずれの要件をも具備しない不適法なものであり、却下を免れないものである。以下その理由について詳述する。

二1  積極的要件について

本件事業認定にかかる事業については、本件事業認定後、愛知県収用委員会は、昭和五五年五月一三日付け裁決書をもつて、起業者たる中電から提出された権利取得裁決申請および明渡裁決の申立に対して、権利取得の時期および明渡の期限を昭和五五年五月三〇日とする土地の使用裁決をなした。

そして、右裁決に基づき中電は、同年六月八日、右裁決に係る原告所有の本件各土地上における特別高圧送電線矢作川病院上空架線工事を完了し、同年七月七日には使用前検査を経て、同月一三日から使用しているものである。右事実によれば、本件事業認定については、事業認定後収用委員会の裁決あるいはその事業の完了までの間はともかくとしても、現時点においては、原告については本件事業認定の後続処分により損害を受けるおそれはもはや存在しないものといわなければならない。

してみると、本件訴は、前記積極的要件を具備しない不適法なものである。

2  消極的要件について

原告が主張するように、本件事業認定が違法無効なものであるというのであれば、その事業認定を前提とする収用委員会の裁決もまた無効となり、無効な行政処分にはいわゆる公定力が認められないのであるから、特にその無効確認を求めなくとも、右処分が無効であることを前提として、原告は、中電に対して所有権に基づく妨害排除請求等を訴求することができるのである。すなわち、原告は、本件事業認定が無効であることを前提とする現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができるのであるから、この点からも本件訴は不適法である。

三  以上のとおり、本件訴は、行訴法三六条の規定に違反する不適法なものであるので、速やかに却下されるべきである。

(請求原因に対する被告の認否)

一  請求原因一項の事実中、原告が矢作川病院を開設したことおよび本件各土地が原告所有であり、同病院の敷地の一部であることは認めるが、その余は不知。

医療法三〇条の二、同法施行令四条一項、同法施行規則一条四号に基づく愛知県知事への届出によれば、矢作川病院の診療科目は内科、神経科、放射線科、精神科および胃腸科となつている。

また同病院の敷地全部が原告の所有というものではない。

二  同二項の事実は認める。

三  同三項1の事実中、本ルートが矢作川病院の敷地の上空の一部を通過すること、建設省河川局において矢作川の拡幅工事計画が策定されていること、本件事業計画が愛知県西尾市、安城市および岡崎市南西部の電力需要の増加に対処するためその供給能力の増強を図ることを目的としていること、被告が社団法人日本精神病院協会から原告主張のとおりの回答をえたことは認めるが、その余はすべて争う。

建設省河川局の矢作川拡幅工事計画は将来改修工事を施行しようとする計画にすぎず、いまだ実施年度が具体化されているものではない。

また建設省計画局長名をもつて前記日本精神病院協会になされた意見照会には、「高圧送電線が精神障害者に与える影響について文献または実例をご存じの場合にはお聞かせ下さい。」という質問項目もあつたが、これについては右協会は何ら文献を示さず、また実例においても高圧送電線が病院敷地の一部上空を通過することに対する影響の具体的事例は何一つ示されていなかつた。なお、被告が意見を求めた他の学識経験者からは、高圧送電線が精神障害者に対して影響があると断定した意見はよせられなかつた。

四  同三項2の事実中、中電が提出した本件事業認定申請書の原告主張の箇所に原告主張と同旨の記述がなされていることは認めるが、その内容が虚偽であるとの主張はすべて争う。

五  同三項3の事実中、中電が昭和五二年九月二六日、通産省名古屋通産局に対し、工事計画届出書を提出し、これが受理されたこと、中電が通産省に対して七万七〇〇〇ボルトの届出をしていること、中電が一五万四〇〇〇ボルト設計の特別高圧送電線路を建設していること、中電が本件送電線の電圧を一五万四〇〇ボルトに昇圧する予定であつたことは認めるが、その余は否認する。

中電の工事計画届出書には、七万七〇〇〇ボルト電圧(いわゆる使用電圧)の届出とともに一五万四〇〇〇ボルト電圧についても設計電圧として明記されている。

(被告の主張)

一  建設大臣がなす事業認定手続の一般的概要

法は、土地収用の前提として、事業の認定に関する処分をするための実質的要件および手続的要件を規定しているが、本件事業認定の手続の経過およびその概要を述べるに先立ち、まず建設大臣が事業の認定をするについての手続の一般的概要を手続の順序に則して述べると次のとおりである。

〈1〉 事業認定申請書および関係附属書類の提出・受理(法一八条、なお一九条参照)。

〈2〉 起業地所在の関係市町村長に事業認定申請書およびその添付書類のうち、当該市町村に関係のある部分の写の送付(法二四条一項)。

〈3〉 起業地管轄の関係都道府県知事への通知ならびに事業認定申請書およびその添付書類の写の送付(法二四条三項)。

〈4〉 事業認定申請書およびその添付書類の写の送付を受けた関係市町村における起業者の名称、事業の種類および起業地の公告。次いで公告の日から二週間事業認定申請書およびその添付書類の写の縦覧(法二四条二項)。

〈5〉 右縦覧期間内に事業認定についての利害関係人は都道府県知事に意見書を提出することができる(法二五条一項)。

〈6〉 都道府県知事は、〈5〉の意見書を受け取つたときは、直ちにこれを建設大臣に送付する。また、〈4〉の縦覧期間内に意見書の提出がなかつたときは、その旨を報告する(法二五条二項)。

〈7〉 〈1〉ないし〈6〉の手続を経たうえ、法二〇条各号のすべての要件を充足すると認めるとき、建設大臣は事業認定の処分をする(同条各号参照)。

〈8〉 事業認定をしたときは直ちに起業地所在の関係市町村長へその旨の通知(法二六条の二第一項)。

〈9〉 事業認定をした旨起業者へ通知し、遅滞なく起業者の名称・事業の種類・起業地および起業地を表示する図面(法二六条の二、二四条一項参照)の縦覧場所を官報で告示(法二六条一項)。

〈10〉 〈9〉の告示の日から事業認定の効力発生(法二六条四項)。

〈11〉 〈9〉の告示後直ちにその旨関係都道府県知事へ通知(法二六条三項)。

〈12〉 起業地を表示する図面の長期縦覧(法二六条の二第二項、同第三項)。

なお、右のほか、建設大臣は事業の認定に関する処分を行おうとする場合において、必要ありと認めたときは、専門的学識または経験を有する者の意見の聴取あるいは公聴会を開くことができるものとされている(法二二条、同二三条)。

二  本件事業認定の経緯について

被告は、特別高圧送電線南安城連絡線新設工事(第二期工事)の起業者である中電から、昭和五三年一月二五日、法一六条の規定に基づく事業認定の申請を受理し、法所定の諸規定に基づき昭和五三年一二月二二日に事業認定をなしたものであるが、以下に本件事業認定の申請から事業認定の効力発生に至るまでの手続の経緯を時系列的に簡単に述べると次のとおりである。

〈1〉 昭和五三年一月二四日 起業者中電、被告に事業認定の申請。

〈2〉 昭和五三年一月二五日 被告は右事業認定申請を受理。

〈3〉 昭和五三年二月一〇日 被告は法二四条一項の規定に基づき、本件起業地の所在する安城市の市長に事業認定申請書およびその添付書類の写を送付し、愛知県知事にもその旨を通知。

〈4〉 昭和五三年二月二一日 安城市長は起業者の名称、事業の種類および起業地を公告。

〈5〉 同日から同年三月七日まで、法二四条二項に基づき、事業認定申請書およびその添付書類の写の縦覧。

〈6〉 昭和五三年三月六日付けをもつて、安城市桜井北町内会長外九町内会長から、また、昭和五三年三月七日付けをもつて、安城土地改良区団体営ほ場整備事業藤井中部地区委員長富田賢治からそれぞれ安城市長に愛知県知事宛の意見書の提出があつた。

〈7〉 安城市長は、同年三月七日付け安城市長の愛知県知事宛意見書とともに〈6〉の各意見書を愛知県知事に送付。

〈8〉 愛知県知事は昭和五三年三月九日、〈6〉および〈7〉の同知事宛意見書の送付を受けた。

なお、法所定の愛知県知事宛の意見書ではなく、単に「声明書」と題する文書が同年三月六日付けをもつて安城市長宛に提出されたもののようであるが、安城市長はこの文書を前記意見書とともに愛知県知事に送付している。

〈9〉 昭和五三年三月二〇日 愛知県知事は被告に対し、法二五条二項に基づき〈8〉記載の〈6〉〈7〉の文書を送付。

なお、同知事は、〈8〉記載の原告から安城市長宛「声明書」も被告に送付した。

〈10〉 昭和五三年三月二〇日付けをもつて、原告は被告に対し、本件事業計画に反対する趣旨の文書を提出。

なお、原告は同年五月二日付けおよび同年七月一八日付けをもつて、右と同趣旨の各文書を被告に送付している。

〈11〉 昭和五三年一〇月 被告は専門的学識および経験を有する者からの意見を聴取。

〈12〉 昭和五三年一二月二二日 被告は事業認定をなし、法二六条一項、三項、同二六条の二第一項の規定に基づき、その旨官報へ告示するとともに、起業者、関係都道府県知事、市町村長に対し、その旨通知した。

〈13〉 右同日、法二六条四項の規定により、本件事業認定の効力発生。

〈14〉 昭和五四年一月六日から安城市役所において、安城市長は法二六条の二第二項の規定に基づき、起業地を表示する図面の長期縦覧を開始。

三  本件事業の法二〇条各号所定の要件該当性

以上に述べたごとく、本件事業認定は法所定の各手続に従い適法になされたものであるが、さらに、本件事業が法二〇条各号のすべてに該当するものであること次のとおりである。

1 法二〇条一号に該当することについて

本件事業は、電気事業法(昭和三九年法律第一七〇号)による電気事業の用に供する電気工作物(同法二条七項参照)に関する事業およびその事業のために欠くことができない施設に関する事業であることから、法三条一七号および同三五号に該当し、したがつて法二〇条一号の要件に該当することは明白である。

2 同条二号に該当することについて

本件事業の起業者である中電は、電気事業法三条の許可をえた法人で資本金二九〇〇余億円を有する株式市場一部上場の会社であることは公知の事実であり、加うるに同社創立以来の過去の業務実績に照らしても本件事業である「当該事業を遂行する充分な意思と能力を有する者であること。」との要件に該当することは疑の余地のないところである。

3 同条三号に該当することについて

本件事業は、愛知県西尾市、同安城市および同岡崎市南西部の電力需要の増加に対処することが不可欠の必要上から、供給能力の増強を図るためのもので、本件事業計画における起業地は、土地利用に関する私的および公共的利益を総合的に比較衡量して判断の結果選定されたものである。

すなわち、本件事業計画による送電線ルートは、既設七七キロボルト徳原分岐線を一級河川矢作川の右岸まで建替えて同河川沿いを東進し、木戸町地内の排水機場から一級河川鹿乗川および西鹿乗川沿いを岡崎西尾線第一四号鉄塔まで北上するルートであるが、本ルートは可能な限り矢作川沿いにルートを求めたものである。これは、本件起業地を含むその周辺付近一帯は、矢作川が存在するところから将来的にも同河川右岸堤防により、南側への発展が限定された地域であり、特に矢作川右岸沿いの部分については、当地域が三ツ川町内会の南端に位置し、一部家屋が点在しているところを除いては、ほとんどが農地として利用されているという客観的自然的地理条件および社会的諸状況を総合勘案した結果に基づくものである。しかして本件送電線ルートの選定は、具体的には、

〈1〉 市街化区域を避けるとともに集落への接近も極力避ける。

〈2〉 安城市の豊田安城自転車道路の建設計画と抵触しないようにする。

〈3〉 すでに完了している土地改良事業そのものに影響を及ぼすことがないようにする。

〈4〉 農業地域内については、安城のデンマークと呼ばれる優良農業地帯を分断して、将来大型農業機械器具による農業経営に支障を与えないよう鉄塔位置を極力河川沿いに求める。

〈5〉 既設線ルートを利用できる区間は、それを建替ることで対処することにより、可及的に送電線の幅輳を避け、土地の有効利用に努める。

との諸点に留意して、周辺土地の客観的状況および将来的発展性の展望のもと、地元との接渉や意見聴取等を行つて選定されたものである。

以上に述べたことから、極めて明白なごとく、本件事業計画が法二〇条三号の要件に該当することは言をまたないところといわなければならない。

なお、原告は、他に合理的な代替ルートが存在する場合には前同条同号所定の「土地の適正且つ合理的な利用」に該当しないと解しているが、同号の「土地の適正且つ合理的な利用」といいうるためには、その土地がその事業の用に供されることによつてえられる公共の利益と、その土地がその事業の用に供されることによつて失なわれる利益とを比較検討して、前者の利益が後者の利益に優越することだけが必要であり、決して原告主張のように他に合理的代替案が存在しないことを必要とするものではない。してみると、より適切な代替ルートが存在することを前提とする原告の主張は、主張自体すべて失当である。

4 同条四号に該当することについて

本件事業認定申請当時、愛知県西尾市および同岡崎市南西部の電力需要に対しては、七七キロボルト南安城西尾線の一ないし四号線により供給がなされていた。しかし、右西尾市および岡崎市南西部地域の電力需要は、過去三年の間毎年平均一〇・三パーセントの伸びを示してきており、これに加えて、自動車関連企業の増設、岡崎市南部、中部、上地、羽根および八帖等の土地区画整理事業の施行に伴う宅地化の推進によつて向後は年約八・二パーセントの需要の増加が見込まれる状況となつた。

ところが、右地域に対し電力の供給を受け持つ前記既設の南安城西尾線一ないし四号線の送電容量は、いずれも一八八「MW/二回線」であるため、これらのみでは年間のうち最も需要度の高い夏季の電力需要期には常時高稼働を強いられるため、一回線でも事故が発生した場合には、右供給地域の全域にわたり大幅な供給支障を生じ、その結果地域社会における経済、社会上深刻な事態の発生するおそれがあり、このため本件南安城連絡線(本件新設工事)を新設する焦眉の必要が生じたものである。

右のとおり、本件事業はこれにより、愛知県西尾市、同安城市および同岡崎市南西部における安定的な電力供給を可能とすることによつて、当該地域住民の文化的生活および地域産業の発展に寄与することは明らかであるので、極めて高度の公益上の必要があり法二〇条四号の要件に該当することは明白である。

四  結語

以上要するに、本件事業認定は、土地収用法所定の諸規定に基づき適法になされた手続であり、かつ、法二〇条が定める各号のいずれにも該当するものであるから、被告のなした本件事業認定には何らの違法は存しない。

(被告の本案前の申立の理由に対する原告の認否、反論)

一  本案前の申立の理由中、本件事業認定後、愛知県収用委員会が昭和五五年五月一三日付裁決書をもつて、起業者中電から提出された権利取得裁決申請および明渡裁決の申立に対し、権利取得の時期および明渡の期限を昭和五五年五月三〇日とする土地の使用裁決をなしたこと、中電が同年六月八日、本件各土地上における特別高圧送電線矢作川病院上空架線工事を完了し、同年七月七日には使用前検査をえて、同月一三日から使用していることは認めるが、その余は争う。

二  行訴法三六条所定の二要件は法文上明らかのように訴提起の要件であるから、訴提起時にこれらの要件を具備していれば足りるものである。したがつて、判決時においても右二要件の充足を要するという前記被告の主張は、前同条の文言を逸脱し、これを拡張解釈するものであつて不当である。被告の判決時においても右二要件を充足しなければならないという主張は、一方において一旦適法に係属した無効確認訴訟を無視し、行政庁を事実上免罪するとともに、他方において国民に対しては別訴をせよと要求するものであるから、訴訟経済の上からみても、また権利侵害を受けた国民に重い負担を課するものである点からみても、到底認められるべきものではない。

(被告の主張に対する認否)

一  被告の主張一項は認める。

二  同二項中、〈1〉、〈4〉、〈5〉、〈10〉、〈14〉、および〈8〉中「声明書を提出したこと、ならびに〈11〉中社団法人日本精神病院協会に対し意見聴取したことは認めるが、その余はすべて不知。

三  同三項中、本件事業認定が法二〇条一、二、四号の要件を充足していることは認めるが、三号の要件を充足していることは否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

原告の本件訴は、被告に対し、被告がなした本件事業認定の無効確認を求めるものである。そこで原告が行訴法三六条所定の原告適格を有するか否かについて判断する。

本件事業認定後、愛知県収用委員会が昭和五五年五月一三日付裁決書をもつて、起業者たる中電から提出された本件各土地に関する権利取得裁決申請および明渡裁決の申立に対し、権利取得の時期および明渡の期限を同年五月三〇日とする土地の使用裁決をしたこと、そこで、中電は右裁決に基づき、同年六月八日、原告所有の本件各土地上に特別高圧送電線矢作川病院上空架線工事を完了し、同年七月七日には使用前検査を経て、同年六月一三日から使用していることは、いずれも当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告は本件事業認定に続く処分により損害を受ける虞のないことは明らかである。また本件事業認定が本件各土地について無効ならば、それを前提とする愛知県収用委員会の前記裁決もまた当然無効となり、本件各土地上空の使用権は依然として原告にあることになるのであるから、原告は本件各土地の所有権に基づき、中電に対し、前記特別高圧送電線の撤去等現在の法律関係に関する訴を提起してその救済を求めることができることになる。

してみると、原告は、本件事業認定の無効確認の訴につき原告適格を有しないというべきである。

なお、原告は、行訴法三六条所定の要件は訴提起の要件であるから訴提起時に具備すれば足りる旨主張するが、行訴法三六条所定の要件である原告適格の存在は実体判決をするための前提要件であるから口頭弁論終結時においてもこれを具備していることが必要である。したがつて、原告の右主張は失当である。

以上のとおり、原告の本件訴はいずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、行訴法七条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤義則 澤田経夫 綿引穣)

別紙第一目録及び第二目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例